第9話 野中大蔵君のこと

  ==このシリーズは1999年から2003年頃に書かれたものです==

  野中大蔵君は、佐賀県武雄の出身で、武雄高校を卒業して早稲田大学から西日本新聞社へ入社、現在、北九州支社長の要職にある。出身の武雄市と言えば、一千二百年以上の歴史を誇る温泉の町で、市のシンボルである有名な温泉楼門は、東京駅を設計した辰野金吾博士によって設計され大正四年に完成した。釘を一本も使っていないことでも知られる芸術的作品である。

  その温泉の町出身の彼との出会いは、長崎オランダ村からの依頼でオランダへの取材に行ったとき知り合った。長かった昭和も終わる頃だった。

  フランスの映画俳優で「勝手にしやがれ」のジャン・ポール・ベルモンドに似た顔立ち、うちに秘めたファイトとユーモアのある会話。私の好きなタイプの青年だった。

  彼との関係を親密化させたもう一つの要因は、彼が過ごした大学時代の学生寮「松濤学舎」にあった。

  東京渋谷の高級住宅地、松濤町にあったその佐賀県人会の寮は、成績優秀な学徒しか入寮できず、私の佐賀時代の友何人かがその寮の住人でいた。東京大学に入った小柳君、平山君、慶応の前座君など、今でも付き合っている古き時代の友達だ。その同じ寮の一年後輩に野中君がいたのである。だが当時、私は彼の存在を知らなかった。

  そんな因縁もあって、日本へ戻ってからも、彼とはちょくちょく会っていた。そのころの話である。

  国鉄の民営化が新駅の増設や駅名変更を容易にし、改革が進んでいた頃のこと。

  「おい中野君!知ってるか?」

  「何ばですか」

  「国鉄からJRに変わって、武雄駅の名前が変わったやろ」

  「はい、武雄温泉駅に変わりました」

  「そのあと大問題が持ち上がったとぜ」

  「なんごとが起こったですか?」

  「駅名の変更に伴って、武雄高校の校名ば『武雄温泉高校』に変えようちゅう話がおこっとてぜー」

  「ええっー。嘘でしょう。そんな馬鹿な…冗談じゃなかですよ。おかしかですよ。嘘でっしょ?」

  私の冗談を彼は真剣に受け止めてしまった。彼はまじめな男なのだ。

  「…温泉高校って、どぎゃん考えてもおかしか。嘘でしょ」再度のだめ押しに私は思わず俯いてしまった。「すまん!嘘です…」

  それを聞いて、大蔵君は言った。

  「ようそげな馬鹿なことば考えよりますね。先輩はよっぽど暇じゃなかですか…情けなかですよ」