第11話 僕は普通
==ここの作品は1998年ころから2002年の間に書かれたものです==
信じられないかも知れないが、三男新太郎が小学校三年生の夏休みの作文に書いた本当の話である。こう書き出すと、愚息の自慢話を親馬鹿ぶりを発揮して書き出すのではないかとご心配の方もあろうが、その心配は全くもってご無用に願いたい。このエッセイ集に出てくる彼はまずもって自慢できる話は登場しない。
自分にも記憶があるが、小学三年の頃は、習いたての言葉を使いたくてしょうがない歳である。彼は「一足先に帰った」を使いたくてたまらなかったのだろうが、その作文に書いたのは「ひと目先にかえった」であった。
「新太郎!ちょっと来い」と叫んだのは間違いだったのだろうか。「この作文の中で『ひと目先にかえった』と書いてあるが、これはどういう意味かな」
「お父さん、それはね、ほかの人より少し先に帰ることよ。知らんとね」
「知るか馬鹿!」と怒ってはいけないのだ。怒りをぐっと抑えて、わなわなと振るえる右手を左手で押さえながら、引きつる頬を笑顔に変えて、「確か・・・それは『目』ではなく、『足』じゃなかったかな・・・『足』じゃ・・・」
「えっ、ひと目先に帰るじゃないの、『足』だったのか、そうかー『足』か、日本語って難しいね、お父さん」ときたもんだ。
あまり腹が立つので、親の恥でもあるが、彼の話をもうひとつ。
これは、小学四年のときのこと。テレビを見ていた新太郎が、つまらん事を口ばしった。内容は忘れたが、私は彼に「馬鹿やなー新太郎は!そんな事を言って・・・」と言葉尻を捕らえて咎めた。ところが、日頃は私にあまり反発しない彼が、この日は「お父さん、僕は馬鹿じゃないよ」と突っかかってきた。「馬鹿たい、そげん事言うのは、馬鹿じゃ」「馬鹿じゃない」「馬鹿たい」「馬鹿じゃない」
「新太郎、おまえが馬鹿じゃないなら、なんか?」
「お父さん!僕は『普通』よ」
* 現在、新太郎は30歳になり元気に独身生活を謳歌中。(2009年現在)